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浜松の地名の由来

私たちが工場を構え、セイワ製品を作っている浜松の地名の由来についてのお話です。 

今から1100年ほど昔の平安時代、浜松八幡宮(浜松市中区八幡町)という神社が、神託により許部(こべ)の里(遠州灘の海岸からほど近い浜松市南区小沢渡(こざわたり))から、曳馬(ひくま)の里(現在地)に遷座した。
浜松八幡宮のホームページ⇒http://www.hamamatsuhachimangu.org/
この時、白狐が老翁の姿で松の小木を携え、この宮地に導き松を移し植えた。その松は「浜の松」とよばれ、それが転じて浜松になったといわれています.  
 浜松駅から北へ1キロ程の所にある八幡宮は、15000平方m(約4500坪)で、市中心部にありながら広大な緑に覆われ自然が残っている場所で、浜松の名前の由来となった松の木“ざざんざの松”(現在は5代目)と石碑もあります。また、世界一の楽器メーカー“ヤマハ(株)”さんの本社工場が隣接しています。  

たより1
たより2
徳川家康公とも、とても関係が深い八幡神社は、“武士の(源氏の)の守り神”として、また浜松城の鬼門の方位にあるので“鬼門鎮守の守り神”として大変厚く信仰され保護され、家康公自身も何回か参拝し、徳川家代々の祈願所として、社領50石の朱印を幕府から与えられていたそうです。
浜松城のホームページ⇒http://www.hamamatsu-navi.jp/shiro/
三方が原の戦いで、武田信玄の軍勢に追われ、楠の洞窟に隠れ難を逃れたという樹齢1000年余りの“雲立の楠”(くもだちのくす)がご神木です。

この戦いの際、家康公が逃げる途中に空腹の為、餅を食べた茶店の場所“小豆餅”は町名で残っていて、追手に追われ餅代を払わず逃げだし、茶店のおばあさんが追って行って料金を取ったといわれている場所は“銭取”(ぜにとり)という地名で残っています。
他にもこの戦いの関係では色々な話が残っていますが、又機会があればご紹介させていただきます。

たより3

前回の記事で紹介させていただいた松島十湖(まつしまじっこ)の“浜松は出世城なり初松魚(はつがつお)”の句の石碑も八幡宮の境内にあります。(大正13年建設)。*この句の石碑は松嶋十湖の生家近くにも最近建設されました。

テーマ : 楽しく生きる
ジャンル : ライフ

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